2019年2月3日 『裏切りを決意する』(ルカ22章1-6節) | 説教      

2019年2月3日 『裏切りを決意する』(ルカ22章1-6節)

 今日の箇所は、イエス・キリストの生涯における大きな転換点となる箇所です。主イエスは十字架にかかる週の日曜日にエルサレムに入り、月曜、火曜、水曜と昼間は神殿で人々に最後の教えを語っていました。それで、38節に書かれているように、人々は、イエスの話を聞くために、朝早く起きて神殿にやって来ていました。しかし、夜になるとイエスと弟子たちはエルサレムの街から外に出て、街の東側にあったオリーブ山で過ごされました。そのころすでにユダヤ教のリーダーたちはイエスを捕らえて殺そうとしていましたので、エルサレムの街中に夜までとどまることは非常に危険だったのです。これまで見て来たように、主イエスは、世の終わりの出来事についてかなり詳しく話されて、その中で、主イエスは、世の終わりの時にご自分がもう一度この世に来ると語られました。そして22章に入って、主イエスは、世の終わりのことについて語るのをいったん終えて、今自分がこの世に来た目的、つまり十字架にかかるという使命を果たすことに集中するようにされました。
 22章1節に「さて、過越の祭りといわれる、種なしパンの祭りが近づいていた。」と書かれています。過越の祭りと種なしパンの祭りは厳密にいうと別の祭りなのですが、続けて行われるので、同じ一つの祭りとも考えられていました。この祭りはユダヤ人にとって3つの大きな祭りのひとつで、海外に住んでいたユダヤ人にとっては、一緒に一度はエルサレムに行ってその祭りに参加したいと考えるほどの大きな祭りでした。この祭りはイエスの時代のユダヤ人のカレンダーではニサンの月に行われましたが、ユダヤ人にとっては一年の最初の月がニサンの月でした。これは現在のカレンダーでは3月から4月に当たりますが、過越の祭りはニサンの月の14日に行われ、種なしパンの祭りは15日から21日までの一週間行われていました。過越の祭りは、旧約聖書の中で最も重要な出来事であるユダヤ人のエジプト脱出の時の出来事を祝う祭りでした。イエスの時代より1500年前の頃、ユダヤ人はエジプトで奴隷として住んでいました。当時、エジプトは神々のために壮大な神殿を建設していましたが、その建設に彼らが使われていました。あまりの苦しさに彼らが神に助けを求めると、神はモーセと言う人物を選びユダヤ人のエジプト脱出のためのリーダーに任命しました。安い労働力を失いたくないエジプト王のパロはユダヤ人がエジプトを出ることを許さなかったのですが、最後に過越しという出来事が起きて、パロはユダヤ人のエジプト脱出をようやく認めました。ですから、この日はユダヤ人の解放の日だったのです。ユダヤ人たちはこの日、エジプト王パロの支配から脱出して、神様が示す約束の国を目指して出発しました。この出来事が重要なのは、それが主イエスの十字架を示すひな型だったからです。神様はパロにユダヤ人脱出を許可させるために、エジプト人の間に大きな災いを起こしました。それはエジプト人の家庭で生まれた最初の子ども、最初の家畜が皆殺されるというものでした。ただ、同じ場所に住んでいるユダヤ人はみなこの災いから免れました。神様がエジプト人とユダヤ人の家を区別するためにユダヤ人たちに命令しました。その命令とは、一頭の羊を殺して羊の血を入口の二本の門柱と鴨居に塗ることでした。そして誰も家の外に出てはいけないと神は言われました。その日の真夜中、エジプト人の家庭では最初に生まれた子供と家畜はみな死にました。ところが、ユダヤ人の家庭は全員守られました。それは、死の使いが、ユダヤ人の家の前を通る時に、入口の門柱とかもいに赤い羊の血が塗られているのを見て、その家を過越したからです。これが「過越し」という出来事で、この夜、エジプト王パロの第一王子も死にましたので、ようやくのことパロはユダヤ人がエジプトを出ることを許可したのです。これが過越しです。この時、神の裁きからユダヤ人を救ったのは殺された羊の血でした。このことは、私たちの罪が赦されるために十字架にかかって血を流してくださったイエスを指し示しているのです。過越しの祭りでは、ニサンの月の14日の夜に、羊を殺してその肉を種を入れないパンと苦菜と呼ばれた苦い野菜を一緒に食べて、当時の出来事をしのび、エジプトの奴隷状態から解放されたことを祝うのでした。イエスが十字架にかかる前の日が、ちょうどニサンの月の14日だったので、イエスと弟子たちは過越しの祭りの食事をすることになりました。

 2節を見ると、そのころ、ユダヤ教の指導者たち、祭司長、律法学者たちはイエスを殺すための良い方法を捜していました。祭司長の中には、ユダヤ教トップの大祭司も含まれますし、その時のエルサレムの神殿の指導者も含まれていました。律法学者とは神学者で、モーセの律法の書やユダヤ人の伝統となっていた教えなどを研究している人々で、また、この人たちはユダヤの国会議員でもありました。彼らは、自分たちは宗教の専門家であり信仰に熱心だと思い込んでいましたが、彼らは自分たちの立場、利益を第一に考えていたので、イエスの存在が邪魔だったのです。そうなると、人間が考えるのは邪魔な者がいなくなる方法で、彼らはイエスを殺そうとしていました。イエスが教えられた聖書の最も大切な戒めは、第一に全力を尽くして神を愛することであり、第二に自分の隣人を自分自身のように愛することです。この2つの戒めはどちらも、彼らがよく知っていた旧約聖書の教えなのですが、人間の自己中心の心はそれらの教えも自分の都合の良いように解釈してしまうのです。マタイの福音書を見ると、彼らは「祭りの間はいけない。民衆の騒ぎが起こるといけないから」と話し合っています。また、夜の間にも彼らはイエスを殺すことはできませんでした。なぜなら、イエスと弟子たちは夜はエルサレムの街を出て、オリーブ山で過ごしていたからです。彼らには、イエスを裏切る人間、内部からの情報提供を必要としていました。
 3節にはこう書かれています。「ところで、十二人の一人で、イスカリオテと呼ばれるユダに、サタンが入った。」イスカリオテのユダは12弟子の一人ですが、最後の晩餐の時までは、12弟子のひとりとして紹介されるほかは、彼についての記事はありません。イスカリオテとはヘブル語で「カリオテの人」と言う意味で、他のユダと区別するために、「カリオテ出身の」という意味でつけられています。カリオテというのはおそらく都エルサレムの近くにあった町です。イエスの12弟子は、彼以外はみな北の田舎ガリラヤの出身者でしたので、いわば彼だけが都会人だったと言えます。彼は弟子として紹介される時もイエスを裏切った者と書かれていますが、彼は、裏切り者になるために弟子になったのではないはずです。ユダという名前の意味は「神を賛美する」という意味ですから、信仰深い親に育てられ、他のこどもと同じように幼い時から旧約聖書をしっかりと教えられていたと思います。そして主イエスと出会って、彼は自分の仕事や家族を捨ててイエスの弟子になることを決めたのですから、純粋に主イエスを師と慕って、イエスに自分の人生を捧げていました。ヨハネの福音書によると、彼は会計を任されていました。弟子の一人のマタイは、もともと取税人、つまり税務署の人間ですから計算は得意であったはずですが、主イエスはマタイではなくユダに会計係を任せています。きっと彼は、事務能力にも優れていたのだと思います。そんな彼がなぜイエスを裏切ることを決断したのでしょうか。聖書には、はっきりと彼がイエスを裏切った理由は書かれていないので、推測するしかありません。ただ、今日の社会を見ても、凶悪事件の犯人がなぜそんな犯行に及んだのか理解できない時がよくあります。それまでの生き方が私たちとあまり変わらないごく普通の人が、恐ろしい事件を引き起こします。ということは、言い換えれば、私たちすべての人間の中には、恐ろしい悪を行う可能性を持ち合わせているということであり、私たちも気を付けないと、何かの状況で怒りや憎しみが心の中に満ち溢れて爆発してしまう危険性を持っているのです。
 最後の晩餐の少し前に、イエスと弟子たちがベタニヤのシモンという人の家で食事をするという出来事がありました。その食事中にマリヤという女性が高価な香油をイエスに注ぎかけた時に、マリヤに対してユダが「どうして、この香油を三百デナリで売って、貧しい人々に施さなかったのか。」とマリヤを激しく非難します。でも、このことを書いた弟子ヨハネはユダの行為を次のように説明しています。「彼がこう言ったのは、貧しい人々のことを心にかけていたからではなく、彼が盗人で、金入れを預かりながら、そこに入っているものを盗んでいたからであった。」人は、自分の中にやましいことがあると、かえって、他の人の行動を見て、いかにも自分は潔癖で正しい人間のようにふるまうことがあります。自分の罪を隠すためです。彼は、会計係を任された時はうれしかったと思います。主イエスが専門家のマタイではなく自分に大切な任務を委ねたのですから。しかし、同時に、無意識のうちに他の弟子たちに対する優越感を持つようになったとも思われます。特に、ほかの11人はガリラヤ出身の田舎者であるのに対して彼だけは都会人でしたから。そのような思いの中で会計の仕事をしながら、少しずつ盗むようになって行ったのではないでしょうか。一つ盗みが成功すると、次は少し額が大きくなり、しかも、そのうち心もマヒして、自分にいろいろな理由を付けて、自分を納得させていたのだと思います。
 また、彼は、ユダヤ人のプライドとして外国ローマ帝国の支配を受けていることが我慢できず、イエスがローマ帝国を倒してユダヤ人の国を打ち立ててくれるのではないかと期待していたと思います。しかし、主イエスは、政治的にユダヤ人の好むことを行うためにこの世に来られたのではありません。人間の根本的な問題、すなわち、自己中心の心である罪を解決するために来られたので、独立運動を起こすことはなく、むしろ「あなたの敵を愛しなさい。」と人の心の変革の必要性を訴えました。そんなイエスの姿に、ユダは失望したのではないでしょうか。もちろん、これは、彼が元々持っていた救い主に対する考え方が間違っていたためです。そのようなユダの心はサタンによってコントロールされることになり、彼は、愚かにも、イエスを裏切る決断をしてしまいます。それで4節5節を見ると「ユダは行って、祭司長たちや宮の守衛長たちと、どのようにしてイエスを彼らに引き渡すか相談した。彼らは喜んで、ユダに金を与える約束をした。」とあります。彼は、ユダヤ教の指導者たちがイエスを殺そうと機会を狙っていたことを知っていたのでしょう。彼らの所に行って、イエスを裏切ることを伝えました。もちろん、彼らは大喜びです。彼らがイエスを殺す方法が見つからずに困っていたところに、イエスの弟子の一人が彼らの所に来たのですから。彼らは喜んでユダに報奨金を与えることを約束しました。ただ、その金額はわずか銀貨30枚でした。それは、奴隷一人を買う時の値段にすぎません。彼は、王の王、主の主であるイエスをわずか銀貨30枚で売ってしまいました。恐らく、彼の懐にはずっと多くの金があったはずです。自分の欲に縛られた人間は本当に愚かなことをしてしまいます。ヤコブの兄のエサウは、お腹がすいていた時に、たった一杯のスープと引き換えに長男の権利を弟に譲ってしまいました。私たちにも、自分の欲に支配されると、イスカリオテのユダやエサウと同じように愚かなことをしてしまう可能性があります。

 ユダの裏切りによってイエスは後で、ユダヤ教の指導者たちによって捕らえられ、一方的な裁判にかけられて十字架で殺されました。人間的に見れば、それがイエスの最期です。しかし、神の側から見ると、主イエスはユダの裏切りの結果殺されたのではありません。主イエスは言われました。「だれも、わたしからいのちを取りません。わたしが自分からいのちを捨てるのです。わたしには、それを捨てる権威があり、再び得る権威があります。わたしはこの命令を、わたしの父から受けたのです。」(ヨハネ10章18節)イエスは処刑されたのではなく、自分から命を捨てられたのです。ですから、究極的に言えば、ユダの裏切りがなくても主イエスは十字架に掛けられたはずです。イエスが十字架で叫んだ最後の言葉は「完了した」という言葉でした。これは、主イエスが自分が果たす使命をすべて完了したという意味です。そして、それから三日目に、主イエスは、自分のいのちを再び得て、復活されたのです。繰り返しになりますがユダの裏切りがイエスを十字架に掛けたのではありません。私たち人間の一人一人の罪がイエスを十字架にかけたのです。それは、主イエスの十字架の死は、私たちのための身代わりの死であったからです。イエスが十字架で叫んだ最初の言葉は「父よ。彼らをお赦しください。」でした。それは、自分を十字架に釘付けにし、自分の服をくじで分け合っているローマ兵士を前にしての祈りでしたが、「彼ら」という言葉の中にはローマ兵士だけでなく、ユダも、また私たちも含め、すべての人間が含まれていました。私たちも、ユダのように、サタンに心をコントロールされてしまう危険性があることを忘れず、イエスの十字架をいつも見上げる者でありたいと思います。

2019年2月
« 1月   3月 »
 12
3456789
10111213141516
17181920212223
2425262728  

CATEGORIES

  • 礼拝説教