2020年8月30日 『これからのことを考えよ』(ハガイ2章18-24節) | 説教      

2020年8月30日 『これからのことを考えよ』(ハガイ2章18-24節)

 今月4回にわたって読んでいる旧約聖書のハガイ書は、紀元前520年に神様によって起こされた預言者が書いた書物です。2章だけの短い書物ですが、この中に4か月間に神様がハガイをとおして語られた4回のメッセージが記されています。この預言者が起こされた理由は、紀元前586年にバビロンによって破壊された神殿の再建工事を完成させることでした。ユダヤ人たちは、バビロンとの戦争に負けただけではなく、強制的にバビロンに連れて行かれて、外国の地で生活をしなければなりませんでした。ところが、傲慢になったバビロンに神の裁きが下り、バビロンは以外に早く滅んでしまいました。バビロンから解放されたユダヤ人たちは、ペルシャ王キュロスの配慮によって、祖国に帰って破壊された神殿を再建することになりました。彼らは神殿の再建工事を意気揚々と始めたのですが、仕事が大変なことと、サマリヤ人からの妨害によって、いつの間にか工事をストップしてしまい、10年もの間、神殿は廃墟のままほったらかしになっていました。そこに現われたのが預言者ハガイです。ハガイの3回目と4回目のメッセージは同じ日に語られました。それは、ダレイオス王2年の9月24日です。ハガイの最初のメッセージが同じ年の6月1日なので、最初のメッセージから約4か月後のことでした。

 その日、18節によると、主の神殿の基礎が据えられました。神殿の土台が出来上がったのです。工事を再開してから3か月後のことです。ユダヤ人たちは、神様の御心に従って、再建工事を忠実に行っていたので、土台が据えられる日が来たのです。神様は、ユダヤ人たちが、心を入れ替えて、神殿の再建工事に励んでいるのを見て大変喜ばれました。そして、人々に、「今日から後のことをよく考えよ。」と言われました。まだ、再建工事は再開したばかりでしたが、神様は、まだ神殿が完成していないにも関わらず、ユダヤの人々を「今日から後、わたしは祝福する」と約束されたのです。旧約聖書の申命記に詳しく書かれていますが、神様は、神様の教えに聞き従う人のために、生活のあらゆる部分で祝福すると約束しておられます。そしてここでも、神様は、神殿の再建工事にかかわっているすべての人を祝福と約束しておられます。19節の最初のところで、神様は人々に「種はまだ穀物倉にあるのか?」と尋ねておられますが、これはどういう意味があるのでしょうか。ユダヤのカレンダーは私たちが使っているものとは少しずれているので、彼らの9月24日は、私たちの12月に相当します。彼らはすでに秋に蒔くべき種をすべて蒔き終えています。もう穀物蔵には種とするべき穀物は残っていません。これからの収穫に期待するしかありません。また、「ブドウの木、いちじくの木、ざくろの木、オリーブの木は、まだ実を結ばないのか。」と神様がユダヤの人々に尋ねていますが、これは何を意味するのでしょうか。ここに上げられている4つの木は、ユダヤ人の食事にとっても経済にとっても最も重要な木です。これらの実の収穫は、12月にはすべて終わっていて、12月にはどの木も実をつけていません。12月は、ユダヤ人にとって将来の大きな不安を感じる時だった言うことができます。そのような不安を感じていたユダヤ人に対して、神様は言われました。「今日から後、わたしは祝福する。」彼らが置かれていた時期や状況を見れば、彼らにはたくさんの不安材料がありました。しかし、そのような人々に対して、神様は祝福すると約束されたのです。ユダヤの人々は、神殿の再建工事を再開したばかりで、これからどのような苦労が待っているのか、いつこの工事は終わるのか、分からないことがいっぱいあって、非常に心配していたと思います。しかし、神様は「思い煩わないで、わたしを信頼しなさい。」と言われました。私たちが、現在置かれている状況も、彼らの時代と変わらず、心配することがいっぱいある時代です。神様は私たちにも言われます。「今日から後のことをよく考えなさい。」言い換えると、「神を信じて生きることがどういう将来になるのか、それをよく考えなさい。」と言っておられるのです。ハガイの時代の神様の約束は、今も変わることはありません。私たちが神様を信じ、信頼している限り、神様が私たちに向かっても同じように「今日から後、わたしは祝福する。」と言っておられるのです。この祝福をもらさずにしっかり受け取って行きたいと思います。
 2章の20節を読みましょう。「その月の24日、ハガイに再び次のような主のことばがあった。」ハガイは合計4回、神様のメッセージを伝えたのですが、これが4回目最後のメッセージです。預言者ハガイは3回目に続いて最後のメッセージを同じ日に語りました。20節から始まる最後のメッセージは、ユダヤの民全体に語られたものではなく、バビロンから帰国したグループのリーダーの一人総督ゼルバベルに対するメッセージでした。ここで、ゼルバベルとはどんな人物だったのか、少しお話する必要があります。実は、ゼルバベルは、エホヤキン、別の名をエコンヤという南ユダ王国の最後から2番目の王様の孫にあたる人物です。したがって、ゼルバベルは、ダビデの家系に属する王の家族の王子様だったことが分かります。もし南ユダ王国がバビロンによって滅ぼされていなかったら、彼は南ユダの王様になることができる人物でした。しかし、南ユダの王エホヤキンは神の目に罪となることを行ったので、わずか3か月で、王座から降ろされて、バビロンに連れて行かれました。ダビデの家系が終わってしまいそうになりました。ゼルバベルは、このエホヤキン王の孫になる人物ですが、彼は神様の声に聞き従う人でした。彼は、自分が王家のプリンスであることを主張することなく、バビロン捕囚からイスラエルに戻る人々のためにリーダーとして働きました。しかも、バビロンが破壊してがれきの山になったエルサレムの神殿を再建する工事の現場監督としても働いていました。王家のプリンスが、役所の職員のような働きをしていたのですから、人々の目には屈辱的なことに見えたかもしれません。神様は、預言者ハガイを通して、このゼルバベルに対して励ましのメッセージを伝えました。神様は、ゼルバベルが神様から委ねられた働きをきちんとできるように彼を特別に助けてくださったのです。

 20節で、神様は、ゼルバベルにこう言われました。「わたしは天と地を揺り動かし、もろもろの王国の王座を倒し、異邦の民の王国の力を滅ぼし尽くし、戦車とその乗り手をくつがえす。馬とその乗り手は味方の剣によって倒れる。」ゼルバベルは、おそらくバビロンで生まれたと思いますので、ユダヤの国は、いわば、見知らぬ土地でした。周りにはサマリヤをはじめ敵になりそうな国々があります。エルサレムの町は神殿だけでなく、城壁も崩されていたので、まったく無防備になっていました。敵が攻めてくればひとたまりもありません。しかし、神様は彼に、わたしがあなたたちの周りの国々を倒すから、恐れることはないと約束しておられます。確かに、神様はこれまでも、イスラエルの民を守り、戦いに勝利を与えてくださいました。例えば、モーセの時には、当時、世界一の力を持っていたエジプトとの戦いに勝利を与えてくださいました。イスラエルの民がエジプトを脱出した後、エジプト王ファラオは、イスラエルの民を脱出させたことを後悔して、戦車部隊を送り出して彼らを追いかけました。イスラエルの民の目の前は海でした。そんな絶体絶命の時に、神様は海の水を二つに分けて、道を作り、イスラエルの民は海を渡ることができました。そして、追いかけて来たエジプト軍の戦車が海の中にできた道に入ったときに、神様は海の水を元に戻されたので、エジプト軍は全滅してしまいました。また、モーセの次のリーダー・ヨシュアが約束の国を勝ち取るときも、神様がいろいろな形で助けてくださったので、イスラエルの民は約束の地を征服することができました。それと同じように、今回も、神様はゼルバベルに彼らを守ると約束してくださったのです。そして、事実、神様は、神殿を再建するという神様の御心をゼルバベルたちに行わせるために、彼らを守ってくださいました
 23節を読みましょう。ここでは、神様はゼルバベルのことを「わたしのしもべ」と呼んでいます。神様が「わたしのしもべ」と呼ぶ人は、神様が何かの目的のために特別に選んだ人のことを指します。さらに神様は、ゼルバベルに向かって「わたしはあなたを選んで印章とする。」と言われました。印章とは、英語でsignetというのですが、男性が身に着ける指輪のことです。今ではsignet
は単なる装飾品となっていますが、紀元前3500年ごろにエジプトで王様が身に着けるようになりました。その指輪にはつけている人の名前や紋章のようなものが彫られていて、公式の文書にサインするように、王様はその指輪を印鑑のように用いていました。それは、「そこに書かれていることを私は必ず行います」と約束を保証するサインでした。このように、印章は、古代社会の王様や身分の高い人々にとっては最も大切なものでした。だからこそ、いつも肌身離さず指にはめていました。神様は、ゼルバベルに「あなたはわたしの印章だ」と言われました。この言葉は、彼にとってどれほど大きな励みになったことでしょう。神様の言葉の意味は、「あなたは、わたしが選んだ特別なしもべだ。あなたはわたしの指にある印章のような存在だ。」ということです。彼の心の中に、この言葉があったからこそ、彼は、神殿再建という大変の仕事を、途中で放り出すことなく、4年半かかって、完成することができたのです。旧約聖書のエズラ記という書物の6章15節に「ダレイオス王の第6年の12月3日に神殿が完成したと書かれています。再建工事が始まったのが、ダレイオス王の2年の6月24日でしたので、約4年半ということになします。
 ゼルバベルのおじいさんは南ユダの王エホヤキンでした。エホヤキンは神に従わなかったために3か月で王座から降ろされてしまい、その次のゼデキヤ王の時に南ユダ王国はバビロンによって滅ぼされてしまいました。ダビデ王家というのは、聖書にとって非常に大事な家系です。というのは、ダビデ王の時に、神様が「ダビデの子孫から、救い主が生まれる」と預言しておられたからです。エホヤキン王、ゼデキヤ王で、王家は途切れてしまう危険があったのですが、エホヤキン王の孫ゼルバベルが、忠実に神の言葉に聞き従ったことによって、ダビデ王の家系は途切れることがありませんでした。そういうわけで、新約聖書のマタイの福音書とルカの福音書には、イエスの系図が記されていますが、どちらの系図にも、ゼルバベルの名前が書かれています。ゼルバベルの働きは、神殿再建という神様の御心をやり遂げただけではなく、救い主をこの世に遣わすという神様の永遠の計画を実現するためにも大きな役割を果たすことになりました。
 ゼルバベルの後、ユダヤの国は、周囲の大国が次々に代わるなかで翻弄されていきます。ペルシャ帝国は、アレキサンダー大王によって滅ぼされますが、アレキサンダー大王は若くして死んでしまうので、その国は4つの国に分割されました。その4つの国の中でも、ユダヤはエジプトとシリアという2つの国に支配されます。この時代は、エジプトもシリアも、文化的にはギリシャです。当時のユダヤ人はギリシャの支配者による偶像礼拝にとても苦しめられました。さらには、その後、紀元前64年に、ユダヤはローマ帝国の支配下に置かれました。このようにユダヤの国は何世紀にもわたって次々といろいろな国の支配を受けたのですが、神様の計画と約束は変わることがありませんでした。神様の時が満ちて、ダビデの家系から、約束の救い主がこの世に送られてきました。この時、ダビデの家系のひとりは貧しい女性マリアで、もう一人は貧しい大工のヨセフでした。かつてのダビデ王の栄光は、時代を経るとともに、すっかり消えていましたが、そこに神様のもう一人印章として、あるいは本当の印章として御子イエス・キリストが生まれてくださいました。私たちは、このイエスによって、罪から救われ、神の家族に加えられたのです。それは、主イエス・キリストが私たちのかわりに十字架にかかってくださって、私たちが受けるはずの罰を受けてくださったからです。私たちが今、罪赦されて、永遠のいのちが与えられているのは、もちろん、主イエス・キリストの働きのおかげですが、実は、そのイエスがこの世に来るために、その500年ほど前にゼルバベルという一人の人間が忠実に神の言葉に聞き従ったという事実があったことも私たちは忘れてはなりません。
 ゼルバベルは、神様から「わたしの印章」と呼ばれましたが、実は、神様は、主イエスを信じるすべての者を、ゼルバベルと同じように「わたしの宝物」と呼んでくださるのです。旧約聖書の申命記14章2節の言葉を読みましょう。「あなたは、あなたの神、主の聖なる民である。主は地の面のあらゆる民の中からあなたを選んで、ご自分の宝の民とされた。」私たちは、他の人と比べて、特別に力があるわけではありません。能力や経済力も小さいかも知れません。しかし、神様はあなたを、この世の70億人の人々の中からあえて選んで、自分の宝物とされたのです。こんなに素晴らしいことはありません。たとえ、私は、この世にあって何もできないとしても、神様は私を宝物として大切に守ってくださるのですから、私たちは何も恐れず、神様を賛美しつつ毎日を過ごすことができるのではないでしょうか。

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