幼い頃の日曜学校…イエスさまに導かれ、教会に戻れました! | 北本福音キリスト教会      
長老:石黒 早苗 兄平井 紹子 姉新井 あき子 姉伊東 雅和 兄松沢 順子 姉F・H 兄海島 晴由 兄遠藤 浩範 兄河村 幹夫 兄山田 恵 姉

幼い頃の日曜学校…イエスさまに導かれ、教会に戻れました!|平井 紹子 姉

 人生の折り返し点で、イエスさまをを信じることができるようになったことは、本当に私にとって大きな恵みです。私がいただいている賜物を探し出したいと思います。 小学2年生の時、日曜学校へ初めて行きました。「ひかり、ひかり、わたしたちは、ひかりのこども。ひかりのように明るいこども。いつも明るくすごしましょう」子供向けの賛美歌は、今でもときどき口ずさみます。あの頃は、毎週日曜学校に行くのが楽しみでした。イエスさまの誕生の物語、紙芝居、あきることなく過ごしていました。その頃出会った友人とともに、また教会へ戻れたことは、本当にイエスさまの導きのお陰なのだと思います。 あの頃教会は、友人とお互いの時間を共有できる唯一の場所でした。そして安らぎの場所でもあったのです。しかし、大人になるに従って、私たちは教会を離れていきました。それぞれの環境も変わり、何かと雑音の多い日々を過ごしていました。ただひたすら無垢な私たちを受け入れてくれたイエスさまとの交わりが、だんだん遠のいて………私の歩む道は、悩み多い道のりに変わりました。「信じるとは何か」が、だんだん分からなくなりました。 子供の頃のまっすぐな心は、知識が増すごとに疑問ばかり増し、自我と利己心ばかりが頭をもたげ、世間の評価や他人の目が気になりました。見栄っ張りで、反発心ばかり強くて、親を手こずらせました。友人に対してもねたましい気持ちがいっぱいでした。心がささくれ立って、自分自身がたくさん傷つきました。自分がひどくみじめな人間に思えました。

 『教会にもどろう』と、心の中で何度もくり返しているうちに、住んでいる家の近くに、教会を探すことができました。「ああ、神さまが導いてくださっている」と、心から思いました。 しかし、長いこと教会を離れていたという、後ろめたさのような何かが私の気持ちをしばっていて、心が落ち着きませんでした。でも、ある時、ようやく重荷を下ろすことができました。『そこで、イエスは答えて言われた。「医者を必要とするのは丈夫な者ではなく、病人です。わたしは正しい人を招くためではなく、罪人を招いて、悔い改めさせるために来たのです。」』ルカ 5:31~32『すべて、疲れた人、重荷を負っている人は、わたしのところに来なさい。わたしがあなたがたを休ませてあげます。』マタイ11:28 価値にあたいしないからこそ、イエスさまは目を、この私に合わせてくださったのだと、「イエスさま!あなたを信じます」と思わず叫びました。 毎日イエスさまを仰ぎ見ながら思います。どうぞ、いつもそばにいてください。そして、イエスさまを見上げる人が一人でも多く教会に加えられますように。 信仰が、私自身を見つめる時間を与えてくれています。ささくれだっていた心の傷を、イエスさまがひとつ一つ癒してくださっていることを、感謝をもって見つめていきたいと思います。『わたしの目には、あなたは高価で尊い。わたしはあなたを愛している。』イザヤ43:4