2017年4月16日『イエスの墓は空だった』(マルコ15:42~16:8) | 説教      

2017年4月16日『イエスの墓は空だった』(マルコ15:42~16:8)

 主イエス・キリストは、金曜日の午後3時過ぎに「完了した」と言って息を引き取られました。イスラエルでは一日は夕方の日没から始まるので、もう間もなく土曜日になろうとしていました。ユダヤ人にとって土曜日は安息日で、仕事や労働はいっさい行いません。また、旧約聖書には「死体を次の日まで木に残しておいてはならない。その日のうちに必ず埋葬しなければならない。」(申命記21章23節)と書かれていますので、イエスの死体は速やかに十字架から降ろさなければなりませんでした。もしも、誰もイエスの遺体を引き取ることを申し出なかった場合、イエスの体は、ローマの兵士が十字架から取り下ろして、十字架で処刑された者たちのための共同の焼き場に投げ入れられたはずです。こうなると、イエスが死んで埋葬されたことを確認することができなくなり、イエスの復活についても、墓が空であったという証拠がなく、イエスに反対する人々はイエスの復活をきっぱりと否定したと思います。しかし、イエスの十字架の死は、アリマタヤのヨセフという人間に大きなインパクトを与えました。マルコ15章43節には「ヨセフは有力な議員であり、み図からも神の国を待ち望んでいた人であった。」と記されています。ユダヤの国会は71人から構成されていて、議長はユダヤ教のトップである大祭司が務めていました。国会議員ですから、彼は裕福であり、社会に大きな影響力を持つ人物でしたが、その中でも有力な議員であったと書かれていることから、彼が非常に高い地位にいたことが分かります。当時のユダヤは政治と宗教が結びついていましたので、彼はイエスに敵対するグループの一員でした。しかし、彼は、どこかで主イエスの教えを聞いたのか、心ひそかに主イエスを救い主と信じてイエスの弟子になっていました。ただ、ほかのユダヤ人を恐れてそのことは隠していました。彼は、イエスの十字架の死を見て、もうイエスの弟子であることを隠すのを辞めることを決心しました。金曜日の日没まであと3時間。彼は急いで総督ピラトのところへ行って、イエスの遺体を埋葬したいと願い出たのです。これはヨセフにとって非常に危険な申し出でした。ピラトは、自分がユダヤ教の指導者たちの脅しに負けたことで、ユダヤ人に対する怒りを感じていましたので、議員のヨセフに何らかの罪を背負わせようとするかも知れません。しかし、何よりも、彼の申し出は、ユダヤの国会議員としては裏切り行為になりますので、彼は、議員を辞めされることになります。また、まもなく安息日を迎える時に、遺体に触れることで、彼は宗教的に汚れることにもなります。彼にとって何もプラスになるものはありませんし、何より、主イエスは死んでしまいましたので、彼が主イエスにかけていた期待も壊れていたと思います。しかし、ヨセフは、これらのことに妨げられることなく、勇気をもってピラトに願い出ました。総督ピラトはヨセフにイエスの遺体を下ろすことを許可しました。ヨハネの福音書によると、国会議員の仲間のニコデモという人が遺体に塗る薬を30キロも持ってやって来ました。この人は、以前、夜イエスに質問に来た人物です。彼が人目を避けて夜、イエスのところに来たことから、彼は他の人に知られないようにイエスを求め、そして、イエスを信じた人物です。ヨセフもニコデモも、そのような弱い信仰者でありましたが、この時は、イエスの弟子たちは隠れていましたが、二人は勇気を持ってイエスの遺体を引き取りました。彼らはイエスの体を十字架から降ろし、ユダヤの習慣に従って、その体に薬を塗り、布で巻いて、ヨセフが恐らく自分のために買っていた墓に、イエスの体を安置しました。二人の信仰者の勇気がなければ、主イエスの体は十字架につけられた犯罪者として共同の処理場に投げ捨てられていたはずですが、二人によって、まるで王様のように立派に埋葬されました。

 主イエスの遺体がアリマタヤのヨセフが用意した墓に埋葬される様子を女性たちがじっと見ていました。やがて日没となり安息日である土曜日になりました。安息日はいっさいの仕事をすることができません。イエスの弟子たちも、イエスに従っていた人々も、だれもが主イエスが十字架で死んだことを悲しみ、暗い心で一日を過ごしました。特に、イエスが埋葬される様子を見ていた女たちは、イエスが大急ぎで埋葬されたことに心を痛めていました。アリマタヤのヨセフもニコデモも日没が迫っていたので、急いでいたのです。そのため、薬の塗り方や包帯の巻き方が少し乱雑であったのでしょう。土曜日の夕日が沈むと同時に安息日は終わりました。女たちは、まず、イエスの遺体をきれいにするために、香料を買いに出かけたでしょう。ただ、夜にイエスが埋葬された墓に行くのは危険だったので、彼女は 日曜日の夜明けを待って、大急ぎでイエスが納められた墓に向かいました。女たちは、主イエスが復活するとは思っていませんでした。ただ、イエスの遺体を丁寧に葬りたかったのです。手足に釘を打たれ、脇腹にヤリを刺されたイエスの遺体には大きな傷跡があり、出血の跡も残っていたことでしょう。ユダヤではエジプトのように死体をミイラにする習慣はなかったのですが、昼間はかなり暑くなるので、急がないと遺体が腐り始めるのです。彼女たちは非常に焦っていました。そして、悲しみに暮れていました。

 彼女たちがイエスがアリマタヤのヨセフとニコデモの二人によって埋葬されるのを見たのは金曜日の夕方でした。実は、マタイの福音書を見ると、安息日に、イエスを十字架にかけたユダヤ教の指導者たちがローマ総督ピラトのもとに来ます。イエスの弟子たちは信じていなかったのですが、彼らは、主イエスが「自分が十字架の苦しみを受けて死んだ後、三日目によみがえる」と言っていたことを覚えていたのです。それで、もしイエスの弟子たちがひそかにイエスの死体を盗んで「イエスは確かに復活した」と言いふらされると、面倒くさいことになると思ったので、ピラトに助けを求めました。ピラトは彼らの願いを聞き入れて、墓をふたしていた大きな石を封印し、ローマ兵士に墓の見張りをさせていました。女たちはそんなことは知りませんから、墓の前に兵士が見張っていることなど知りません。ただイエスの墓は大きな石で蓋をされているので、どうやって中に入ることができるのか、そのことだけが心配でした。墓についてみると、驚いたことに、イエスの墓の入り口をふさいでいた大きな石がすでに転がしてあり、彼女たちは、問題なく墓の中に入ることができました。すると、墓の中に、白い衣をまとった青年が座っていました。御使いです。主イエスが墓に葬られた後、誰も墓の中を見ることはできませんでしたが、御使いがその様子を見ていたのです。御使いは女たちに言いました。「驚いてはいけません。あなたがたは十字架につけられたナザレ人イエスを捜しているのでしょう。あの方はよみがえられました。ここにはおられません。」御使いが女たちに「あなたがたは十字架につけられたイエスを捜しているのでしょう。ここにはおられません。よみがえられたのです。」と言っていることから、彼女たちが墓を間違えてはおらず、イエスの墓に行ったことは明らかです。というのは、イエスの復活を否定しようとする人々は、女たちが墓を間違えて誰か他の人の墓へ行ったと主張するからです。そして、御使いは女たちに墓の中に入るように導いて、イエスの遺体が納められていた場所を彼女たちに見せました。ヨハネの福音書を見ると、そこにはイエスの頭に巻かれていた布と、体に巻かれていた布が、離れた位置に、ちょうど頭と体の位置くらいに離れてておかれていて、まるで昆虫の抜け殻のようであったと書かれています。誰かがイエスの遺体を盗んでいったとしたら、わざわざ布をほどくことはないでしょうし、イエスが途中で息を吹き返したとすれば、たとえ包帯をほどいたとしても、わざわざ、また最初に巻かれていたように包帯の形を整えることなどしません。しかも、この布にはアロエや薬がたっぷりと塗られていたので、布をほどくことは簡単なことではありません。イエスの頭と体を巻いていた布だけがそのままの場所に置かれていて、イエスの体だけがなくなっていたのも、イエスが復活したことの大きな証拠です。そして、御使いは彼女たちに言いました。「お弟子たちとペテロに、『イエスは、あなたがたより先にガリラヤへ行かれます。前に言われたとおり、そこでお会いできます。』とそう言いなさい。」この女たちは、イエスの体を埋葬のために整えるという目的で墓場に来ましたが、彼女たちは御使いから新しい使命を受けました。それは、主イエスの復活という出来事をイエスの弟子たちに伝えることでした。ここで、御使いが「弟子たちとペテロに伝えなさい。」と言ったことには意味があります。ここにも主イエスの弟子たちに対する愛が現れています。ペテロも12弟子の一人なのに、ペテロだけ特別に名前で呼ばれています。主イエスがそれだけペテロのことを心配していたことが分かります。ぺテロは12弟子のリーダーであり、非常に勇敢な男でした。また、彼自身、主イエスのためならいのちを捨てることができると思っていたのですが、イエスが裁判を受けている様子を見に行った時に、周りの人々からイエスの仲間だろうと言われた時に、彼は3回も「イエスを知らない。」と言ってしまいました。彼も実は弱い男で、結局は自分を守ることに精一杯の男だったのです。彼は、自分のしたことで弟子失格だと落ち込んでいたと思いますが、そんなペテロの心を一番心配していたのが主イエスでした。

 このようにして主イエスが復活したことが聖書に記されています。多くの人がイエスが復活された直後から、復活を否定しようと必死になってきましたが、イエスの墓が空っぽであったことを否定することは誰にもできませんでした。言い換えると、だれも主イエスの遺体を人々の前に持ち出すことができなかったのです。当時ローマの兵隊が警察のかわりをしていました。彼らには、たとえ弟子たちがイエスの体を隠したとしても、あるいは、息を吹き返したイエスが隠れていたとしても、必ずイエスを見つけだすことができたはずです。新約聖書の使徒の働きという本の中には、弟子たちがどのようにして教会を広げていったのかということが記されていますが、当時、多くの人が彼らを迫害し、彼らの教えに反論していましたが、主イエスの復活が議論になることはありませんでした。また、弟子たちの態度がイエスの復活の前と後ですっかり変わりました。彼らは、イエスから十字架にかけられた後三日目に復活するということを何度も聞いていたにもかかわらず、イエスの言葉を信じず、イエスの復活をまったく期待していませんでした。主イエスが十字架で死なれたことを確認したときに、彼らは非常に落胆し、そして、イエスを十字架につけたユダヤ教のリーダーたちや群衆をひどく恐れたので、彼らは人々に見つからないように、部屋の中に集まって隠れていました。しかし、主イエスの復活を目撃した彼らは、その時から、文字通り自分のいのちをかけて主イエスの十字架と復活を述べ伝える伝道者になりました。何かの理想を目指していのちをかける人は多いと思いますが、聖書のメッセージは、私たちの罪を赦すために見代わりに十字架にかけられた主イエスが三日目に死から復活して、罪の力と死の力を滅ぼしたというものです。一度死んだ者が生き返ることなど、科学が発達していなかった2000年前でも、まったく信じられないことでした。イエスの復活の前は、人を恐れて隠れていた弟子たちが、堂々と信仰を守るために殉教する姿を見る時に、どうしても、復活が作り話とは思えません。120人からスタートしたキリスト教は、ローマ帝国のしつこい迫害にも負けることなく、逆にローマ帝国が福音に負けて、キリスト教の国になりました。このような歴史を見ても、復活は確かな事実です。

 しかし、この復活は私たちにはどのような意味があるのでしょうか。キリストは、人類の代表として、人間の体において死から復活されました。それは、私たちも主イエスと同じようによみがえるという約束を意味します。主イエスのよみがえりの姿は、弟子たちやイエスを知っていた人々にはすぐに見分けることができました。見に見える、触ることのできる体でしたが、以前とは異なる栄光の体になっていましたので、復活の後の主イエス行動は、以前とは異なっていました。その体は、死んだ後の天国での生活に適応した体になっていたのです。使徒パウロは1コリント15章42~44で次のように述べています。「死者の復活もこれと同じです。朽ちるもので蒔かれ、朽ちないものによみがえらされ、卑しいもので蒔かれ、栄光あるものによみがえらされ、弱いもので蒔かれ、強いものによみがえらされ、血肉のからだで蒔かれ、御霊に属するからだによみがえらされるのです。血肉のからだがあるのですから、御霊のからだもあるのです。」私たちは、死んでいく時、非常に弱ったからだで死んで行きます。体のあちこちがうまく動かず痛みを感じます。私たちが持っている今の体は朽ちる体、卑しい体、弱い体ですが、死んだ後に私たちが受け取る体は、朽ちない体であり、栄光ある体であり、強い体です。私たちは、天国にその体をもって永遠に生きることが聖書に約束されています。イエスの400年前に生きたギリシャの哲学者は、不当な裁判で死刑になり、自分から毒を飲みましたが、その時、彼の友人たちが尋ねました。「私たちは死んだのち生き返るのだろうか。」すると死に瀕していたソクラテスが答えました。「そうだといいが、そんなことは誰にも分らない。」尼僧からクリスチャンになった藤井圭子先生は言われました。「釈迦の教えは、あくまでもこの世の生活に関するもので、釈迦は死後のことについては何も教えていない。釈迦自身そんなことは誰にも分らないから、特に考えることもないと教えていた。」しかし、主イエスははっきりと言われました。「わたしはいのちです。私を信じる者は死んでも生きるのです。」あなたは自分の死後について考えていますか。答えを持っていますか。

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