2018年3月11日 『主イエスの不当な裁判』(マルコ15章1-10節) | 説教      

2018年3月11日 『主イエスの不当な裁判』(マルコ15章1-10節)

 今、教会のカレンダーでは、レントと呼ばれる期間を過ごしています。「レント」は受難節あるいは四旬節とも呼ばれます。四旬とは40日を意味するのですが、主イエス・キリストの復活の前の日曜日を除く40日間を意味しますので、日曜日も含めると46日になります。46日前は水曜日なり、今年は2月14日でした。その日は「灰の水曜日」と呼ばれますが、なぜ「灰の水曜日」と呼ばれるかと言うと、昔、ローマカトリック教会で、1年前のしゅろの日曜日に使われたしゅろの枝などを燃やして灰にして、その灰を前にして神に祈って受難節に心を備えるということをしていたことによります。この日から人々は、主イエスが断食をして40日間サタンの誘惑を受けれられた時のことを覚えて、肉などを食べることを控えて断食や食事の制限をして過ごしていました。これは聖書と関係ありませんが、灰の水曜日の前日の火曜日は、フランス語では「マルディグラ」(脂ぎった火曜日)と呼ばれて、肉との別れを告げる日として羽目を外して宴会を開いていました。これがいわゆるカーニバルです。
 今日から3回、主イエスの十字架に関する記事を読みたいと思いますが、今年はマルコの福音書の記事を取り上げます。マルコの福音書は、キリストの弟子ペテロの通訳であったマルコが書いたものと言われているので、実際にはペテロが書いたと言ってもよいと思います。ペテロは人生の最後はローマの教会で働いていたと考えられており、紀元67年に起きたローマ皇帝ネロによる迫害の時に殉教したと言われています。マルコの福音書は、迫害の中で苦しんでいたローマ教会のクリスチャンたちを励ますために記された福音書と考えられています。今日の箇所では、主イエスが様々な反対を受けている姿が描かれていますが、ローマのクリスチャンたちに、彼らも主イエスと同じような苦しみを受ける覚悟が必要であることを教えているように思います。主イエスが様々な反対や苦しみの中でどのように振舞われたのか、それを学ぶことによって、彼ら自身がどのように苦しみを耐え忍ぶべきかを教えているのではないでしょうか。これは、日本という異教の国に生きる私たちも学ぶべきことだと思います。

(1)ユダヤ教指導者による裁判
 主イエスは、弟子の一人イスカリオテのユダの裏切りによって逮捕されると、まず、ユダヤ教トップの大祭司のところへ連れて行かれました。これは木曜日の夜のことですが、ユダヤ教の指導者たちは安息日が始まる前にイエスを処刑してしまいたいと思っていたので、非常に急いでいました。安息日は金曜日の日没の時に始まるからです。当時、イスラエルはローマ帝国に支配されていましたが、宗教に関することや小さな事件の裁判についてはユダヤ人が決定できる自由が与えられていました。当時イスラエルを支配していたのは、71人のユダヤ教指導者で構成されていたサンヘドリンと呼ばれる議会で、議長は大祭司が務めていました。彼らは宗教家ですから、裁判でも正しい判断するはずだと人々は考えていましたが、この時は、裁判とは見せかけで、彼らの間ではイエスを死刑にすることを決めており、そのための裁判を行っていたのです。14章55-56節を見てみましょう。「さて、祭司長たちと全議会は、イエスを死刑にするために、イエスを訴える証拠をつかもうと努めたが、何も見つからなかった。イエスに対する偽証をした者は多かったが、一致しなかったのである。」公平でなければならないはずの議員たちは、最初からイエスを死刑にすることを目的として裁判を行い、目的を果たすためには偽証することも平気だったのです。
 では、なぜ、ユダヤ教の指導者たちは、イエスを死刑にしようと必死になっていたのでしょうか。一つには、主イエスの存在が彼らにとって脅威となっていたからです。ユダヤ教の指導者たちはイスラエルを支配する権力者たちです。人間にとって権力を持つことは大きな誘惑になります。主イエスが権威ある教えや力に満ちた奇跡の働きによって人々の心を捕らえている状況を見て、彼らは、自分たちの民衆に対する権力が脅かされていると感じていたのです。邪魔な存在はいなくなってほしいと思うのが罪を持つ人間の自然の願いです。彼らは、人々に聖書の神の言葉を教える立場でありながら、自分の欲望に支配されていました。もう一つは、主イエスが彼らの期待していた救い主とはまったく違っていたからです。彼らが願っていたのは、イスラエルをローマ帝国の支配から解放してくれる政治的・軍事的な救い主であって、愛と平和を教えるような救い主ではありませんでした。第三に、主イエスは、ユダヤ教指導者たちの偽善者としての姿、彼らの本当の姿を暴露して厳しく批判していました。彼らが、神殿で金儲けのために不当な商売をしていたのを暴露し、人々に多くの規則を押し付けて束縛していることを暴露していました。その結果、彼らは主イエスをひどく憎むようになり、このまま生かしておくことはできないと決断していたのです。15章の1節に「夜が明けるとすぐに、祭司長たちをはじめ、長老、律法学者たちと、全議会とは協議をこらしたすえ、イエスを縛って連れ出し、ピラトに引き渡した。」と記されています。71人のサンヘドリンが朝早く再び集まっていますが、それには理由がありました。一つには、ユダヤ社会の決まりで、夜に犯罪人の判決を下すことが禁じられていたからです。さらに、ユダヤ人たちには死刑を宣告する権限は与えられていなかったので、最終的な判決はローマ帝国から送られていた総督ピラトが下さなければなりませんでした。しかし、ユダヤ教の知識を全く持っていないピラトには、イエスを死刑にする理由が分かりません。ユダヤ人の間では、主イエスが自分が神でないのに自分が神だと言うことは、神を冒涜することになり、十分に死刑になる理由となっていましたが、それはピラトには通用しません。そこで、彼らはピラトが納得する理由を考え出さなければなりませんでした。マルコの福音書には何も書かれていませんが、ルカの福音書の23章2節に彼らが考え出した訴えが記されています。「この人はわが国民を惑わし、カイザルに税金を納めることを禁じ、自分は王キリストだと言っていることがわかりました。」彼らは3つの罪状を述べています。1)国民を惑わしている。2)国民にローマ帝国に税金を払わないようにと仕向けている。2)自分がユダヤ人の王だと言ってローマ帝国に対して反乱を起こそうとしている。これらの訴えは、ローマがイスラエルを平和的に支配することを妨害する犯罪として、ピラトに訴えるのに十分な理由となっていました。ローマ帝国の裁判は、役人が午後ゆっくり休むために、いつも午前中の早い時間に行われていました。それで、ユダヤの議会のメンバーたちは、朝早くにピラトのもとへイエスを連れて来たのです。

(2)ピラトによる裁判
 ピラトは、ローマ帝国を代表するイスラエル地区の支配者でした。ヨセフスというユダヤ人歴史家が書いた書物にも登場しますが、そこでは、彼がエルサレムにローマ皇帝の顔が書かれた旗を持ち込んだために、暴動が起きそうになったと記されています。彼は、サマリヤ人を不当な理由で殺害したことで失職し、最後はローマ皇帝によってガリア地方に追放されて、そこで自殺したとも言われています。彼は、役人でしたのでもっとも大切に考えていたのは自分の出世です。イスラエルで総督の地位にありましたが、彼は、無事にトラブルなくユダヤでの任務を終えてローマに戻り皇帝の側近として出世することを第一の目標にしていました。このピラトの前に、ユダヤ議会サンヘドリンのメンバ―によって主イエスが連れて来られました。そして、彼らはこのイエスがユダヤ人の王だと名乗って、ローマ帝国に対する暴動を引き起こす首謀者だと訴えたのです。ピラトには、目の前にいるイエスがとても暴動を起こすようには見えませんでした。なぜ、こんな男が訴えられるのか不思議でした。彼はイエスに尋ねました。「あなたは、ユダヤ人の王なのか。」するとイエスは「そのとおりだ。」と答えてられました。このイエスの答えを聞いたユダヤ議会のメンバーたちは激しく怒り、イエスを厳しく訴えたと3節に書かれています。この訴えの内容は先ほど述べたルカの23章2節に述べられているもので、彼らが、ピラトがイエスを死刑にするだけの十分な根拠になるだろうと考えて作り上げたものでした。しかし、ピラトは彼らの訴えを信じようとはしませんでした。それで、祭司長たちは、付け加えて「この人は、ガリラヤからここまで、ユダヤ全土で教えながら、この民を扇動しているのです。」と言いました。(23章5節)その間、主イエスは自分を守るための発言は一つもされませんでした。それで、ピラトはイエスに尋ねました。マルコ15章4節を読みましょう。「何も答えないのですか。見なさい。彼らはあんなにまであなたを訴えているのです。」しかし、5節を見ると、それでもイエスが一言も答えないので、ピラトは非常に驚いています。その姿は、イザヤ書53章7節の預言そのものでした。「彼は痛めつけられた。彼は苦しんだが、口を開かない。ほふり場に引かれて行く小羊のように、毛を刈る者の前で黙っている雌羊のように、彼は口を開かない。」ピラトはイエスに罪がないことを内心確信していました。
 5節と6節の間には時間的なギャップがあり、他の福音書にはここには書かれていないことが記されています。ルカの福音書では、ピラトはイエスをガリラヤ地方を収めていたヘロデ・アンテパスのもとに送ります。そこでも主イエスは沈黙を続けたため、彼はまたピラトのもとに戻されました。また、ヨハネの福音書では、ピラトがイエスを自分の屋敷の中に呼び入れて個人的にいろいろ質問していますが、ピラトにはイエスの答えの意味が分からず、結局、ピラトはイエスを訴えるユダヤ人たちのところに出ていって、「あの人には罪を認めません」と言います。そこで、彼は、イエスを訴えるユダヤ人たちを納得させるために、ひとつの方法を思いつきました。この時、ユダヤ教最大のお祭りである過越しの祭りが近づいていました。この祭りの時には、囚人を一人だけ釈放するという習慣があったので、ピラトはそれを利用することを思いつきました。ちょうど、彼のもとには、悪名高いバラバという名前の犯罪人がいたので、ユダヤ人たちにバラバとイエスのどちらを釈放するかを決めさせることにしたのです。バラバは極悪人でしたので、ピラトは、バラバと比べるならばイエスの釈放を求めるだろうと思い込んでいました。
 ところが群衆の応答は彼の予想を裏切るものでした。11節にあるように、ユダヤ教のトップである祭司長と議会のメンバーたちが群衆を扇動して、「バラバを釈放せよ」と言わせたからです。群衆が一つになってバラバの釈放を求め始めると、もうピラトにはどうすることもできませんでした。ここで、群衆を怒らせて、暴動でも起こってしまうと、彼は総督の地位を失うかも知れません。そして群衆は「十字架につけろ」と叫びました。ユダヤ議会のメンバーたちはイエスを十字架にかけて死刑にしなければならないと思っていました。というのは、十字架刑というはローマ帝国では最も厳しい死刑の方法で、ロ―マ帝国に反乱を起こした者、ローマ市民でない者そして奴隷だけが十字架にかけられました。旧約聖書には木にかけられる者は呪われた者と記されていますし、十字架で死ぬ者は、反乱者か奴隷として死ぬことになり、ユダヤ人の王として死んだのではないことを証明できたからです。また、十字架刑はローマの兵士たちが行いますので、ユダヤ人たちはイエスの処刑の責任をローマ人に押し付けることができました。
 ピラトは、イエスには罪がないことを知っていました。彼はユダヤ人を支配するローマの総督として権力を与えられていましたが、責任も与えられていました。正義を行うことも彼の務めでしたが、彼は正義を貫くことよりも、自分の地位を守ることを選びました。15節には「ピラトは群衆のきげんをとろうと思い、バラバを釈放した。そして、イエスをむち打って後、十字架につけるようにと引き渡した」と書かれています。表面的には、ピラトがイエスを裁いているように見えますが、実際には、ロ―マ総督であるピラトがイエスによって裁かれているのです。彼は12節で「ではいったい、あなたがたがユダヤ人の王と呼んでいるあの人を、私にどうせよというのか。」と言っていますが、実は、この質問こそ、すべての人間の永遠の運命を決めるものなのです。主イエスを拒否する者は神の永遠の裁きを受けなければなりません。しかし、主イエスを救い主と信じるならば、私たちの罪は赦され、永遠の命が与えられるのです。ピラトはローマの役人としての地位を守ろうとして、結果的に、永遠のいのちを失いました。あなたは、王の王であるイエスとどのように向き合いますか?

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